2021年10月17日の洛中ひとり散歩 - 島原・本願寺を歩く

今回は、洛中コースです。

成美堂出版の「京都散歩2022」、64~65ページを参考に散歩をしました。


歩く地図 京都散歩 2022

成美堂出版編集部 成美堂出版 2021年03月11日
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今回は、こんな感じで散歩をしました。


JR丹波口駅


今日のスタートは、JR丹波口駅からです。

JR京都駅からは、山陰線に乗り換えて2駅、おおよそ5分ほどで到着します。



丹波口駅を降りてすぐに京都中央市場があります。日曜日の早朝なので、誰も人がいませんでした。

平日の日中だと、活気があるんでしょうね。

歩くことおよそ6分で、角谷おもてなし文化美術館に到着です。


角谷おもてなし文化美術館





さて、歴史のある街並みだなぁと思いながら歩いていると、角谷おもてなし文化美術館に到着です。

ここで、トラブルが発生!


なんと角谷おもてなし美術館の営業時間は、午前10時からだったのです。

私がついたのが9時20分…。あと40分をどう過ごせと。

とりあえず、スマホで近所のコンビニを探してみたものの、近くにコンビニはない…。

自動販売機でブラックコーヒーを買って、座って飲んで時間をつぶしました。


10時開場とともに中に入ると、立派な入口ですよ。

昔の料亭なので、遊郭ではありません。

なかにはいって券売機で入場券を買います。

1階だけを見る場合は1000円なのですが、2階も見る場合は追加で800円が必要になります。

しかも2階を見るためには、事前に予約が必要とのことでした。

私はそんなことも知らずに来たのですが、都合よく2階の見学も空きがあったようで、2階の見学もできる入場券を買うことができました。



まず驚いたのが、5人~6人に1人の案内役がついてくれることです。

案内役の方が、この建物の歴史的背景から、それぞれの部屋について案内をしてくれます。

これが良かったです。

この建物の背景とか、なぜ島原に移転してきたのかといったことが分かり、ただたんに見るだけよりも理解が深まり、歴史的な価値が分かりました。


入ってすぐに釜戸がある調理場があり、そこから建物内に入っていきます。


これは刀箪笥です。

ここで宴会をするには、武士は刀箪笥で刀を預けてから中に入っていくようになっていました。

この刀箪笥は、鍵がかけられるようになっていて、預けた人しか出せないようになっているとのことでした。


ただ新選組だけは見回りと称して、刀を預けずに中に入っていたようです。

そのため、新選組の刀傷が柱には入っているようです。



かつては、この入口から入っていたようです。

この入口から入って、先ほどの刀箪笥で刀を預けて宴会場に入る、そうなっていたようです。


1階にある宴会場の絹代の間です。

ここがなかなかの広さがある間になっているのですが、途中に柱が一本もない造りになっていて、当時の建築技術の高さは驚きます。

この部屋からちょうど中庭が見えるのですが、その中庭の素敵なこと!


昔の武士は、とても良い環境で宴会をしていたのですねー。

当時は夜に宴会をするのが普通のことだったので、夜にこの中庭を見ることはできなかったかもしれませんが、贅沢ですよねー。

ちょっとうらやましく感じます。

ここで、2階の案内が始まりました。



2階に上がるには、この扉の後ろにある階段から上がっていきます。

残念ながら、2階は全面撮影禁止となっており、写真を撮ることはできませんでした。


2階はすべて座敷になっており、緞子(どんす)の間、翡翠(みす)の間、扇の間、草加の間、馬の間、桧垣の間、青貝の間があります。

それぞれに趣向を凝らしており、座敷と言っても雰囲気の異なる間が7つありました。


こちらは本来は予約が必要なため、見たいと思う方は事前に予約をしておきましょう。

私のように、運よく見ることができるとは限りませんのでね。


そして、また下に降りてきました。

次は奥座敷に案内をされました。


ここは、大座敷松の間といいます。

ここから、またとても素晴らしいお庭が見えるのですよ!!


このお庭には、茶室があって、そこで俳句を詠んだりしていたそうです。

いやいや、これは贅沢の極みですよ。こんな都心にこれだけの庭があるって、今の世の中では考えられないことですね。

といっても、当時はこの辺りは田んぼの真ん中だったそうで、宴会が終わったころには周囲は真っ暗になっていたそうです。

この景色は最高です。

こんな部屋が家にあったら、何時間でも寝転んでいられますね。

そこで読書して、庭を見て、読書して、庭を見てって延々とやってられそうです。


角谷おもてなし文化美術館は、文化財としても意義のあるものですし、見応えがありまし、絶対におすすめの場所です。

私はひとり散歩を始めて、初めてここを知りましたし行って良かったです。


次回は写真撮影だけに特化して、また行って見たいと思います。





島原大門


さて、角谷おもてなし文化美術館を後にして歩いていくと、島原大門に着きました。

かつては、ここが島原への入り口だったのでしょうかね。

これだけ綺麗に保存されていることに驚きです。


さて次の目的地は、西本願寺です。


西本願寺


トボトボと歩くこと、およそ16分。

浄土真宗本願寺派の本山、西本願寺に到着です。


もう40数年も京都に住んでいるのに、西本願寺に来るのは初めてのことです。

この前の堀川通りは車でよく通るのですが、この門をくぐって中に入るのは初めてです。

阿弥陀堂

御影堂

中に入ると、向かって右側に阿弥陀堂、左側に御影堂が見えます。

こんなに広い敷地だったとは知りませんでした。

本堂の中は撮影禁止なので撮りませんでしたが、立派な本堂でしたよ。


この写真は、御影堂と阿弥陀堂をつなぐ通路の部分です。

立派な通路ですよ。


私の家は浄土宗で、私は浄土宗の高校と大学に進学しました。なので、知恩院にはよく行きましたが、本願寺にはなじみがありませんでした。

そのため、なぜ本願寺に西と東があるのか知りませんでした。

この機会に調べてみると、そもそも浄土真宗は日本で一番門徒が多い宗教とのことです。


浄土真宗は江戸時代までは、「真宗」や「一向宗」と呼ばれていたそうです。

そう、あの一向一揆で有名な一向宗ですね。


信長の野望をプレイしていると、必ず起こって手を焼くのが一向一揆です。(笑)


実は本願寺は今から500年前の戦国時代には1つでした。

しかし織田信長が今の大阪城の場所にあった石山本願寺を攻めた石山戦争をきっかけに2つに分かれました。

当時の石山本願寺は、室町時代に浄土真宗を再興した蓮如(れんにょ)によって建立された浄土真宗の一大拠点であり、難攻不落の砦でした。

織田信長は、石山本願寺を10年以上攻め続けましたが、結局石山本願寺を降伏させることはできませんでした。

しかし浄土真宗との戦いに天下統一の足止めされることを嫌った信長は、当時の正親町天皇(おおぎまちてんのう)を間に入れて和睦を求めました。

その時に本願寺内で信長と和睦するか、徹底的に戦うかで議論が分かれ、この2つの考えによって本願寺内が2派に分かれてしまったのです。

これが本願寺が東と西に分かれるきっかけです。

(引用:日本最大級の霊園・墓地検索サイト お墓探しより)

ということで、織田信長に端を発していたのですね。


そんな歴史があるなんて、京都に住んでいても知りませんでした。

「京都駅前に、本願寺が西と東にあるなぁ 」くらいにしか思っていませんでしたが、いろいろと歴史があるんですね。


ちょうど私が御影堂に入ったころに、お坊さんが法話をされていました。

自由に聞けるようですので、タイミングが合うかたはぜひお聞きになられてはいかがでしょうか。


龍谷大学龍谷ミュージアム


さて、次は西本願寺の目の前にある、龍谷ミュージアムにいきました。

西本願寺の目の前にあるので、徒歩すぐです。



私が行ったときには、「アジアの女神たち」という特別展がおこなわれていたので、入場料が1300円かかってしまいました。

「京都散歩2022」に入場料は550円と書かれていたので、ちょっと驚きました。


当然ですが、館内は全面撮影禁止です。

今回は、アジアの女神たちということで、女性の土偶や埴輪などが展示されていました。


ですが、一部は撮影できるところがありました。

ベゼクリク石窟大回廊復元展示というところは、撮影が自由で、SNSでの公開も可能ということになっていました。


このベゼクリク石窟大回廊が見応えがありまして、ここだけでも十分に見る価値があります。

美術館なので、すべてを見るには1時間から1時間半ほどかかりますので、時間に余裕をもって見にいくのが良いと思います。


あと角谷おもてなし文化美術館から見ていくと、ここに入る前くらいにランチタイムになります。

この西本願寺近辺には、ランチをとれるような場所があまりないので、龍谷ミュージアムのカフェでランチを取るのが良いと思います。


風俗博物館


龍谷大学龍谷ミュージアムから徒歩4分、風俗博物館に到着しました。

着いたのは良いのですが、どうやらやっていないようで…。

このビルの5階にあるのは分かったのですが、やっていなければ仕方ありません。

「京都散歩2022」には、

『源氏物語』の世界を通じて、優雅な平安風俗に親しめる博物館

と書かれていました。

また機会があれば、来ようと思います。 


東本願寺


さて気を取り直して、また歩きます。

歩くこと、およそ11分で東本願寺につきます。


真宗大谷派の総本山、東本願寺です。ここは徳川家康から土地の寄進を受けて建立されました。

西本願寺と同じく、御影堂と阿弥陀堂があります。

阿弥陀堂

御影堂

こちらも西本願寺と同じく、いっぱなお堂でした。

もとは同じ浄土真宗なので、造りなどは似たような雰囲気でした。

日本でもっとも門徒が多い浄土真宗なので、日本各地からこの本願寺に訪れたいと考えている人たちは多いと思います。

大谷祖廟は、親鸞聖人の御廟所(墓所)です。

東本願寺の飛地境内である大谷祖廟には、聖人をはじめ、本願寺の歴代、全国各地の寺院・ご門徒の方々のご遺骨が納められています。

(引用:真宗大谷派東本願寺公式サイトより)

東本願寺には、飛地境内地である大谷祖廟や、次の目的地の渉成園などがあります。


渉成園(しょうせいえん)


東本願寺から、歩くことおよそ4分で渉成園に着きます。

渉成園は、東本願寺の飛地境内の庭園です。


渉成園が東本願寺の飛地境内の庭園だったとは、わたしも知りませんでした。

庭園維持寄附金の500円を支払い入ると、まずパンフレットをいただけます。

このパンフレットに、地図が載ってあります。

(引用:渉成園公式サイトより)

渉成園はかなり大きな庭園で、見どころがたくさんありますのでパンフレットをみながら進んでいく方が楽しめます。

なにせ、渉成園があるのは知っていましたが、初めてきましたのでとても新鮮でした。


滴翠軒

侵雪橋

蘆菴
回棹廊

立派な庭園で、広さは200m×200mくらいあるそうです。

水がふんだんに使われていて、枯山水とはまた違った趣きのある庭園になっています。

庭園としては、なかなか立派なものです。

平安神宮神苑にも勝るとも劣らない、素晴らしいものでした。


ただ残念なこと一つ。まわりに高いビルが多いことです。

平安神宮神苑には、周りに高いビルはないのですが、ここは庭園からビルが見えてしまうんですよね。それがこの見事な庭園の景観を損なってしまっています…。


仕方ないんですよ、これだけ都会のなかにある庭園なので、周囲に高いマンションやビルが建つのは。

しかも、自分も京都に住んでいる身ですから。


でも京都という歴史ある場所柄を考えると、こうした場所の周りは規制で高いビルは建てないようにしてもらいたいところですね。

建てるにしても、せめて3階建てくらいまでにしてもらいたいものですね。


市比賣神社


さて、ここまで東本願寺と東本願寺の飛地境内の渉成園を楽しんだあとは、市比賣神社にいきます。

渉成園から、歩いておよそ10分で着きます。歩いていると、小雨が降ってきましたが、本降りにならずに済んで良かったです。

まず驚いたのが、この神社の入り口がマンションをくり抜くような形になっていたことです。

「えっ!? こんなところに神社があるんだ」と思いました。


さらには女人厄除の神社なので、女性ばかり…。

おっさんが入る抵抗感があるので、入らずに表から見るだけにしておきました。


どなたか市比賣神社にいった方、感想をおきかせください。


河原町正面バス停

さて、これでこのコースをすべて歩きました。

最後は、河原町正面バス停から市バスに乗り、京都駅にいきました。


このコースは、本願寺で法話を聞いたりすると丸一日かかります。

角谷もてなしの文化美術館が10時から営業で、渉成園は11月~2月までは16時には閉まりますので、けっこうタイトなスケジュールですね。


このコースの一番の見どころは、角谷もてなしの美術館です。

もちろん、浄土真宗の門徒の方は本願寺は見ておきたいところだと思います。


ですが歴史的に見て面白さを感じたのは、角谷もてなしの文化美術館でした。

できれば、2階も見る方がより楽しめますので、事前に予約を取ることをお勧めします


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

それでは、また!